「怒り」と向き合う。アンガーマネジメントを介護現場に

怒りのこぶしで机をたたく写真介護現場で、「イライラしていてはよいケアを提供できない」と頭では理解していても、介護スタッフ側の思いが利用者様に通じず、感謝されるどころか怒鳴られてしまったり、暴言を浴びてしまえば、感情がたかぶり怒りへと発展してしまう危険性があります。介護職は、人と人が真正面で向き合う現場。ちょっとした感情のもつれが利用者様への虐待に発展してしまうことも少なくありません。

介護施設の管理職を目指すあなたにとっても感情のコントロールは大切。管理職として怒りの感情を抑制できなければ、スタッフたちとの良好な関係は築けません。

今回は、「怒りをコントロールする能力」である「アンガーマネジメント」の身に付け方を学ぶことで、まずは管理職であるあなたが、そしてケアの最前線で働く介護スタッフたちにも、自らの怒りの感情を制御するコツを知ってもらい、怒りと上手に向き合ってもらう方法をご紹介します。

介護施設における「高齢者虐待」の現状

厚生労働省の調査では、令和元年度に介護施設従事者が利用者様に対しておこなった虐待事例は644件におよび、虐待と判断されなくとも市町村が相談・通報を受けた件数は2,267件にのぼります。この数字は13年連続で増加を続けています。

具体的な虐待内容としては乱暴行為や必要のない身体拘束などの「身体的虐待」が過半数を占め、利用者様の尊厳を傷つけるような発言や態度をとった「心理的虐待」、適切な介助やケアをネグレクトする「介護等放棄」がこれに続きます。

虐待行為におよんでしまった要因としては、経験不足や施設からの指導が不十分であったと考えられる「教育・知識・介護技術に関する問題」が過半数を占めますが、「職員のストレスや感情コントロールの問題」も全体の4分の1に達しています。

この調査から見えてくるのは、介護施設側がスタッフたちに利用者様に対する接し方や技術を丁寧に指導し、かつ怒りの感情を抑制してもらうことで、虐待の多くは防げるということ。介護施設管理職が虐待の防止に対して働きかける余地は大いにあると言えます。

※厚生労働省・令和元年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況に関する調査結果

アンガーマネジメントとは?

「アンガーマネジメント」は1970年代にアメリカで生まれた心理療法プログラム。当時は、DVなどの暴力や軽犯罪者の矯正プログラムとして作成されたようですが、現在では子育て時のイライラや社員研修などにも有効だとされ、広く活用がすすんでいます。

介護業界は「感情労働」と呼ばれるほど、メンタルに左右される職場。「言うとおりにしてくれず、手間や時間ばかりかかる」「過剰なサービスを求められる」など介護する側にとってはイライラがたまりやすく、高齢者施設であれば認知症入所者の徘徊、暴言や暴力に悩まされることも多くなります。

そこで、アンガーマネジメント研修を行い、怒りという自身の負の感情と向き合う術を学ぶ機会を設ける介護施設事業者も増えてきています。

怒りのメカニズム

怒りで手を腰に置く女性の写真そもそも、怒りという感情はどうして起こるのでしょうか?

怒りは、誰かに何かされたとか言われたことが引き金ではなく、自分にとって正しいと思っていること、心地よいこと、期待していることといった自身の価値観と異なる現実に直面したときの感情。

この価値観は「コアビリーフ」といい、「~するべき」「普通は~」「~するのが常識」という表現に置き換えられるでしょう。この自分にとっての普通や常識が受け入れられない状況で人は怒ってしまうのです。

介護の現場でも、利用者様にふさわしいケアをしたいという気持ちが強ければ強いほど、「なぜ、言うことを聞いてくれないんだ!コレが最善の方法なのに」と怒りの感情に火が付きやすくなってしまうのです。

介護現場は怒りが発生しやすい場所

怒りは身近な人に対して、より強く感じやすい性質があります。介護の現場では、排泄や入浴など利用者様の身体に触れるケアが多くあり、関わる時間が長くなるほど家族のような親密さが生まれます。しかし、その親密さが相手を自分の思い通りに動かそうとしてしまう危険性をはらんでいることを意識しなければなりません。

また、怒りは上から下、強い人から弱い人へ向けられやすい傾向もあります。介護スタッフの職場での個人的なストレスやプライベートでのイライラが、ケアを待っている立場の弱い利用者様に無意識にぶつけられてしまい、虐待へと発展するケースもあるのです。

怒りをコントロールするために

アンガーマネジメントの基本は、感情に飲み込まれる前に怒りから距離を置くこと。ここでは介護現場でも活用できる簡単な方法をいくつかご紹介します。

グーパー運動

イラっとしたら、手の平を開いたり閉じたり、怒りを握りつぶすようなイメージで手を握り、怒りを解き放つようにパッと開きます。これを感情が落ち着くまで繰り返すことで、怒りから意識をそらしやすくなります。

怒りに点数をつける

そのとき湧いた怒りの感情に0~10までの点数を付けます。怒りを数字という形で客観的にあらわすことで、自分の感情に距離を置けます。怒りを客観視することで、自分だけの価値観で「あり得ない!」と決めつけるのではなく、「こんなこともあるのね」と自分の許容範囲を広げていくことにつながります。

笑顔をつくる

怒りは自然と表情を険しくします。眉間にシワが寄り、口元がへの字になっていると感じたら、意識的に口角を上げて笑顔をつくってみましょう。これは「フェイシャルフィードバック効果」といい、無理にでも笑顔をつくることで脳からポジティブな指令が伝達されるとされています。

その場を離れ、深呼吸

冷静さを保てないと判断したら、一度その場を離れてみましょう。ケアの途中ならば「ちょっと確認してきます」などと伝えて利用者様と距離を置きます。そして、ゆっくりと息を吸いこみ吐きだすことを意識して深呼吸。怒っているときは呼吸が浅くなっていますから、深く呼吸して気持ちをリラックスさせましょう。

ご紹介したのは、その場ですぐに実践できる方法。趣味などでストレスを解消するプロセスを身に付けたり、怒りの原因やその背景にある気持ちを紙に書いて分析してみる、などじっくりと取り組める方法もあります。

管理職としてのスタッフとの接し方

管理職として日々スタッフたちに接することになるあなたには、「上手に怒る」ことが求められるでしょう。アンガーマネジメントは、怒りの感情をコントロールするためのトレーニングですが、単に怒らないという意味ではなく、必要な時には上手に怒ることも含んだ考え方です。

自分の価値観や規範から外れた状況に直面したときには、冷静に事実や改善して欲しい理由を伝えましょう。その際、「自分の管理する施設では何を大切にしているのか」を自らに問いかけ、思いを率直に伝えるようにしましょう。

「なんで?」や「いつも」「絶対」といった言葉が口癖になっている人は要注意。命令するのではなく、相手にお願いする、リクエストする言い方で、具体的に小さな変化を期待しながら伝えてみましょう。

伝え方は訓練することで上達していきます。何度も試しながら具体的に伝えるコツをつかんでいってください。

怒りやイライラが存在する職場では、スタッフから利用者様への虐待が引き起こされる可能性も高まります。管理職のあなたが笑顔で振る舞い、スタッフたちをサポートすることで、職場を前向きな環境にしていきましょう。

怒りは持続しないもの

アンガーマネジメントを活用して、怒りの感情に支配されないように訓練していけば、利用者様に怒りをぶつけず冷静に対処できます。また、利用者様のご家族とも落ち着いて話し合えるようになっていきます。管理職とスタッフ、スタッフ同士においても適切な指導やコミュニケーションの形成が期待できるでしょう。

「怒り」という感情は長続きしません。人が怒りの絶頂を維持している時間はわずか6秒と言われています。取り返しのつかない虐待も、その6秒間を制御できなかったために起こってしまうのです。

大切な利用者様や、仲間である職場の同僚たちとの関係をいっときの感情で壊してしまわないように。アンガーマネジメントで怒りと上手に向き合って、介護施設全体のサービス向上を目指していってください。